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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3238号 判決 1973年12月12日

控訴人(附帯被控訴人) 吉永静枝

控訴人(附帯被控訴人) 吉永早苗

右両名訴訟代理人弁護士 富沢準二郎

小玉博之

柏木俊彦

庭山正一郎

被控訴人(附帯控訴人) 柏木実

右訴訟代理人弁護士 山野一郎

石原英昭

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、附帯被控訴人らは附帯控訴人に対し、千葉市作草部町八二八番地四所在木造瓦葺平家建居宅一棟のうち、原判決末尾添附第三図面(リ)点及び(ル)点を結ぶ直線の西側で同図面上三角形をなす部分約二平方メートルを収去して、原判決主文第二項記載の土地を明け渡せ。

三、控訴費用は控訴人らの、附帯控訴費用は附帯被控訴人らの各負担とする。

事実

控訴人ら(附帯被控訴人ら。以下単に控訴人らという。)代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び「被控訴人の附帯控訴を棄却する。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人。以下単に被控訴人という。)代理人は、控訴棄却の判決を求め、なお附帯控訴として、主文第二項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、次のとおり附加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、被控訴人の陳述

控訴人らの共有に属する千葉市作草部町八二八番地四所在木造瓦葺平家建居宅一棟のうち、主文第二項掲記の部分は、被控訴人所有の原判決主文第二項記載の土地上に存するので、被控訴人は当審において請求を拡張し、控訴人らに対し、上記建物部分を収去して、右土地を明け渡すことを求める。

二、控訴人らの陳述

1  被控訴人主張の前記建物及び原判決主文第三項記載のコンクリートブロック塀が、それぞれ控訴人らの共有に属することは認める。

2  被控訴人、亡吉永秀雄及び訴外清水清子(以下この三名を単に被控訴人ら三名という。)は、訴外金木貞治から一区画をなした千葉市作草部町八二八番三及びその南側に接する同番四の土地(以下一区画をなすこの二筆の土地を単に本件土地という。)を、その東側から順次分筆のうえ、各自別個に買い受けたものである。すなわち、まず清水が本件土地の東側部分一〇〇坪(三三〇・五七平方メートル)を買い、ついで秀雄がその西側の一五〇坪(四九五・八六平方メートル)の部分を買い、被控訴人は清水及び秀雄が買った残りの部分を買うことになったのであるが、金木は、昭和三四年八・九月頃、上記一〇〇坪及び一五〇坪の土地を現地において実測し、その結果に基づき、同年九月一八日本件土地を一旦合筆して一筆の土地としたうえ、さらに東側から順次同番七、同番四及び同番三の三筆に分筆し、同月一九日その各筆について、それぞれ清水、秀雄及び被控訴人のために所有権移転登記手続をした。このように、上記各筆は前記実測ないし分筆の際に特定したものであり、その境界もその際当然に定められたものであるが、被控訴人ら三名は、このようにして範囲、境界の特定した上記各筆を各自別個に買い受けたものである。従って、秀雄が買い受け、所有権移転登記を経由した同番四は、具体的には原判決末尾添付第三図面(以下単に第三図面という。)(ロ)、(リ)、(ハ)、(ヘ)、(ル)、(ト)及び(ロ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれる範囲の土地にあたることになるから、その西側の境界は、同図面(ロ)及び(ト)の各点を結ぶ直線である。

3  仮りに、控訴人らの主張が認められず、前記の境界は被控訴人主張の方法(これはまた原判決の採用するところでもある。)に則って定めるべきであるとしても、それを第三図面(リ)及び(ル)の各点を結ぶ直線であると確定するのは相当ではない。何となれば、控訴人らは長年にわたり同上図面(ロ)、(リ)、(ル)、(ト)及び(ロ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれる土地は、控訴人ら所有の前記八二八番四の土地に属するものと信じ、これを上記地上に存する控訴人ら所有の家屋の敷地の一部、家屋の出入口及び上記土地の南側部分への通路等として使用して来たものであるところ、もし境界が(リ)及び(ル)の各点を結ぶ線であると定められると、上記家屋のうち境界線の西側部分は、収去を余儀なくされ、また上記の家屋出入口及び通路もなくなることになるが、このような結果を招来することは、控訴人らの信頼を裏切ること甚しく、また社会経済上も妥当性を欠くものといわねばならないからである。

三、新しい証拠≪省略≫

理由

一、千葉市作草部町八二八番四の土地が控訴人らの共有に属することは当事者間に争いがない(なお、その持分が控訴人静枝につき三分の一、同早苗につき三分の二であることは、控訴人らにおいて明らかに争わないところである。)。

つぎに、≪証拠省略≫によると、同番三の土地が被控訴人の所有であること及び同番三の土地の東側と前記同番四の土地の西側とが相隣接していることが認められ、これに反する証拠はない。

そうして、≪証拠省略≫によると、被控訴人は前記同番の三と同番四の土地の境界は、第三図面(リ)及び(ル)の各点を結ぶ直線であると主張するのに対して、控訴人らは右の境界は同図面(ロ)及び(ト)の各点を結ぶ直線であると主張し、上記土地の境界、すなわち同番三の東側と同番四の西側の境界が不分明であることが明らかである。

二、そこで、前記各土地の範囲及び境界について考える。

1(一)  まず、≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認められる。

(1) 訴外高山信男はかねて本件土地(すなわち一区画をなした千葉市作草部町八二八番三畑一反三畝八歩及びその南側に接する同番四畑一畝二七歩の二筆の土地)を所有していたが、昭和二六、七年頃これを訴外坂本某に売り渡し、同訴外人はその後さらに本件土地を双葉不動産こと訴外小出増雄に売り渡した。

(2) 小出は昭和三三年五月頃知人の訴外金木貞治に対し、本件土地をまとめて売却できるような適当な買手をさがしてくれるように依頼した。

金木は当時国鉄千葉電力区の首席助役をしていたが、本件土地を適当に分割のうえ、自ら売主となって知り合いの国鉄に勤務する者のうちから買主となるべき者何名かを見付けて売り渡そうと考え、まず同電力区の技術課員であった訴外清水清子に対し、現場において本件土地を示したうえ、「本件土地は四五〇坪位いあり、これをほぼ南北に通る線で三筆に分割して売る予定であるが、どれ位い買えるか。」と申し入れた。これに対し、清水は買受資金の調達のめどを勘案して一〇〇坪程度を買い受けたいが、その部分は本件土地の東側としたい旨及び買受人の名義は母じとしたいとこたえ、その結果、清水が本件土地の東側部分一〇〇坪程度を買い受けるという話しがまとまった。清水はその後ほどなく、金木に一〇〇坪分として計算した売買代金金額を払いおわったが、その買受部分を現地について具体的に特定して引渡を受けることもなく、分筆手続や所有権移転登記手続等をすべて金木に一任したままであった。

ついで、金木は当時国鉄新小岩駅の首席助役をしていた亡吉永秀雄に対し、現地を示したうえ、前同様の趣旨を述べ買受け方をすすめたところ、秀雄は前記清水の買い受けた土地の西側部分を一五〇坪程度買い受けることとなり、その頃、本件土地のほぼ中央部分一五〇坪程度を吉永秀雄が買い受けるという話しがまとまった。秀雄もその後金木に代金を支払ったが、清水と同じく買受部分を現地について具体的に特定して引渡を受けることもなく、分筆手続や所有権移転登記手続等を金木に一任したままであった。

以上のように、二人の買手が決った後、金木は当時国鉄千葉信号通信区長をしていた被控訴人に対し、現地を示したうえ、「本件土地は四五〇坪あるが、東側の一〇〇坪、中央の一五〇坪はそれぞれ、買手がきまっており、あと二〇〇坪ほどが残っているが買わないか。」と申し入れたところ、被控訴人はこれを買い受けることとなり、その頃本件土地の西側部分二〇〇坪程度を被控訴人が買い受けるという話しがまとまった。被控訴人は代金を分割して支払うこととし、昭和三四年半ば頃までに、その大半を金木に支払いおわったが、これまた、買受部分を現地について具体的に特定して引渡を受けることなく、分筆手続や所有権移転登記手続等については、他の二名と同様、金木に一任したままであった。

(3) このようにして金木は、昭和三三年五月頃から昭和三四年初頃にかけて、本件土地を被控訴人ら三名に分割して売却する契約をし、その代金の大半の支払いを受けたのであるが、昭和三四年三月頃、小出に対して代金を支払って本件土地を買い受け、同年三月二八日農地法所定の許可を条件とする所有権移転の仮登記を経由した。

ついで金木は、同年六月頃、本件土地の地目を畑から宅地に変更する手続をし、同月二九日その旨の登記手続をし、更に同年九月一八日前記二筆を一旦合筆して同所八二八番三宅地四五五坪とし、これを再び東側から順に、同番七宅地一〇〇坪、同番四宅地一五五坪八勺(五一二・六六平方メートル)及び同番三宅地一九九坪九合二勺(六六〇・八九平方メートル)の三筆として分筆し(なお、同番四及び三の面積がどうしてこのようになったかついては証拠上必ずしも明らかではない。)、同月一九日同番七につき清水の母じのために、同番四については秀雄のために、同番三については被控訴人のために、それぞれ所有権移転登記手続をしたが、この登記手続は、登記簿上の所有名義人高山信男から、中間者を省略して、直接被控訴人ら三名に対してするという方法でなされた。

このようにして所有権移転登記手続がなされた後の昭和三四年九月一九日過ぎ頃、被控訴人ら三名は金木のもとに集まり、金木からそれぞれ各自が買い受けた土地の権利証等の引き渡しを受けた。

(4) ところで、前記地目変更手続がなされた昭和三四年六月頃、本件土地の実際の面積が公簿上のそれよりかなり少なく、従って、被控訴人ら三名が前記の割合で本件土地を分割して取得することのできないことがほぼ明らかとなったところから、三名は、こもごも金木に対し善後策を講ずるよう要求した。金木は自分の責任で善処することを約束したが、具体的にははかばかしい処理をせず、結局この面積不足の点を解決しないまま、前記のとおり分筆及び所有権移転登記手続をしてしまったので、被控訴人ら三名は、金木の将来の善処を期待して、問題の解決を将来に持ち越すこととなった。

かように認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  上記認定の事実によると、金木は被控訴人ら三名(被控訴人、秀雄及び清水清子の三名を指す。以下同じ。)に対し、一区画をなす本件土地を、上記の三名が一〇〇坪程度、一五〇坪程度、二〇〇坪程度と面積に差をつけて、南北に通る線で分割することを前提として売り渡す意向であり、被控訴人ら三名も金木のこの意向を諒解したうえで清水が東側の部分を、秀雄が中央部分を、被控訴人が西側部分を買い受けたものというべきである。従って、本件土地の売買は、金木において、予じめこれを、前記面積に応ずるように三つに分割したうえで、その一つ一つをそれぞれ被控訴人ら三名に個別に売り渡したのとは、売買契約成立の経緯においても、その内容においても、趣きを異にするものがあり、それは、被控訴人ら三名において、それぞれ他に買主があること、そうして各自は本件土地のうち、金木との売買契約において示した位置に相当する部分をほぼ各自が希望した面積に応じて取得するものであることを相互に諒解(金木を介して)のうえ、各自の取得すべき部分の地形、従って相互間の境界は、金木の調整活動を通じて、被控訴人ら三名の間において協議して最終的に確定せらるべきことを留保していわば一体となって、金木から本件土地を買い受ける趣旨のものであったと認めるのが相当である。

2  ところで控訴人らは、控訴人らの先代秀雄は、金木から同所八二八番四という特定の土地を被控訴人及び清水とは関係なく別個に買い受けたものである旨主張し、本件に現われた事実の中には、前記認定判断と牴触し、むしろ控訴人らの上記主張にそうのではないかと考えられるものがないではないので、以下これらの事実について検討する。

(一)  (イ)、まず≪証拠省略≫によると、金木は、合筆後の本件土地を三筆に分筆するに際し、土地家屋調査士に依頼して八二八番七の宅地一〇〇坪及び同番四の宅地一五五坪八勺について、それぞれ実測図面を作成し、これを添付して分筆登記を経由したものであることが認められ、この認定の妨げとなる証拠はない。(ロ)、してみると、金木が分筆登記後被控訴人ら三名を集めて各自に引き渡した権利証は、一応、右実測図面により特定された地形、地積の土地について所有権移転登記が経由されたことを証する書面ということになる。(ハ)、ところが、右権利証を渡された際に被控訴人ら三名(とくに被控訴人)が各自の取得部分の地形(従って相互の境界)を右実測図面により特定することにつき異議を述べた形跡は証拠上まったくうかがわれない。以上(イ)(ロ)(ハ)の事実は、被控訴人ら三名は、金木において、分筆登記の際、実測図面により特定した土地を各別に金木から買い受けたのではないかという疑いを起こさせないではない。

しかし、(1)金木が分筆登記を経由して権利証を各自に渡した昭和三四年九月一九日過ぎ頃は、すでに本件土地の坪数の不足がわかり、しかも、これを被控訴人ら三名の間でいかに解決するかについての調整がついていない時期であったことは、さきに認定したとおりであること、(2)≪証拠省略≫をあわせ考えれば、前記実測図面なるものは、金木の依頼により土地家屋調査士が公図等を基礎として書類の上で作成したものに過ぎず、その際、金木が現地に臨んで被控訴人ら三名立会の下に杭打ちをしたわけではないのはもとより、土地家屋調査士自身も現地につき実測したとは認められないこと(≪証拠判断省略≫)、(3)分筆に際し清水清子の取得すべき八二七番七と秀雄の取得すべき同番四についてのみ実測図面が作成されたのは、≪証拠省略≫によれば、一筆の土地を分筆する際には、元番の土地から分筆される土地のみにつき実測図面を添付して申請をすることが登記実務上の取扱いとなっていることによるものと認められること(この認定に反する証拠はない。)、以上(1)(2)(3)の諸点から考えれば、金木が前記のように実測図面を添付して分筆登記を経由し各筆の権利証を被控訴人ら三名にそれぞれ交付したのは、右実測図面によって各筆の地形(従って各筆間の境界)を特定する趣旨から出たものではなく、またかようにして特定さるべき各筆の土地を、各別に各自に売り渡す趣旨から出たものでもなく、かえって、金木がこのような手続をとったのは、分筆によって各人が取得すべき各土地の地形(従って各土地間の境界)が後日金木の調整活動を通じて、被控訴人ら三名の間で、現地につき協定、確定さるべきことを留保したうえで、当時、本件土地の坪数不足が判明し、果して約束どおり土地所有権を取得することができるかどうかにつき危惧を抱いていた被控訴人ら三名の不安を静めるため、ともかく、土地を分割して各筆につき被控訴人ら三名がそれぞれ土地の権利を取得したことを証明する書面を交付しておこうと考えたことによるものと認めるのが相当である。他方、また、右(1)(2)(3)の諸点から考えれば、被控訴人ら三名が権利証の交付を受けた際なんらの異議も述べなかったのは、各自の取得すべき土地の地形(従って各筆間の境界)を右実測図面に基づき特定すべきことを諒承していたことによるものではなく、かえって、各筆間の境界は、後日金木の調整活動を介して、三名の間で、現地につき協定し、確定さるべきことを暗黙のうちに留保していたことによるものと認められる。以上認定したような事情から考えれば、前記(イ)(ロ)(ハ)のような事実は、さきに二の1末段で認定したところを覆して、被控訴人ら三名が金木の分筆登記の経由により特定された各筆の土地を金木から各別に買い受けたとする控訴人の主張を認める根拠とすることはできないものというべきである。

(二)  つぎに≪証拠省略≫によると、現在清水は原判決末尾添付第三図面(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ニ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地一〇一坪一合(三三四・二一平方メートル)を、控訴人らは同図面(ロ)、(リ)、(ハ)、(ヘ)、(ル)、(ト)及び(ロ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地一五二坪八合八勺(五〇五・三八平方メートル)を、それぞれ、占有し、各地上に家屋を建築所有していることが認められる。ところで、≪証拠省略≫によると、清水は昭和三六年秋頃本件土地の東側の境界、即ち上記図面(ニ)及び(ホ)を結ぶ直線を基準とし、前記分筆登記の際の分筆申告書添付の実測図に則り、前記(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)及び(ハ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地を八二八番七の土地であるとして区画し、地上に居宅を建築したこと、ついで控訴人らは、秀雄が昭和三九年九月二八日死亡して間もなく、清水が上記のようにして区画した八二八番七の土地の西側境界、即ち上記図面(ハ)及び(ニ)の各点を結ぶ直線を基準として、清水と同様前記の実測図に則り、上記(ロ)、(リ)、(ハ)、(ヘ)、(ル)、(ト)及び(ロ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた土地を八二八番の四の土地として区画し、地上に居宅を建築し、かつ、(ロ)及び(ト)の各点を結ぶ直線上附近に有刺鉄線を張りめぐらしたこと、及び以上の事実を知った被控訴人は、直接に或いは人を介して、清水及び控訴人らに対し、被控訴人ら三名で協議することをしないで各自が勝手に土地を区画することは相当でないとして、何回か抗議を申し入れたが、控訴人らの容れるところとはならなかったこと、以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。してみると、前記の控訴人ら及び清水の現在の占有状況は、同人らが被控訴人の異議を押しきって、いわば一方的に上記の各土地を区画したことによるものであるから、これを以て控訴人ら及び清水が現に占有する範囲の土地を、金木から個別に買い受けたことの証拠とすることはできないものというべきである。

(三)  さらに、≪証拠省略≫によると、金木は前記のとおり所有権移転登記手続がなされた後である昭和三四年九月二二日頃被控訴人に対し、「八二八番三の土地の面積が公簿上のそれより不足する分については金木の責任でこれを処理し、処理ができないときは不足分を時価で引き受ける」旨を記載した約定書と題する書面を差し入れたことが認められ、右書面にいう八二八番三の土地とは、既に認定した分筆及び所有権移転登記手続の経緯ならびに右書面が差し入れられた時期から考えると、被控訴人の買い受けた土地を指すものと認められる(従って、≪証拠省略≫のうち、上記認定に反し、八二八番三の土地とは分筆前の本件土地全部のことであるという部分は措信しない。)。しかし、≪証拠省略≫を合せ考えると、前記認定のように本件土地の坪数の不足が判明し、被控訴人ら三名が金木に善後策を講ずるよう求めていたところ、被控訴人は、職制上でも仕事の関係でも一番金木に近く、要求を伝えやすい立場にあったことから、清水や秀雄らの意も体して、金木に対し、しばしば強硬に申入れをしていたので、金木としてはまず被控訴人に対して諒承を求めることが肝要であると考え、上記約定書を交付したものと認められるのであって、既に(二)で認定したように、前記権利証交付の経緯の際に、金木は、後日金木の調整活動を介して被控訴人ら三名の間で現地につき各筆の境界が確定さるべきことを予見していたものと認められることから考えれば、金木としても、右書面の差入れによって、本件土地の坪数の不足問題をいわば被控訴人一人にしわよせして、同人との間の金銭授受によってのみ解決しようと考えていたわけでは必ずしもなかったことがうかがわれる。従って、被控訴人に宛て上記の書面が差入れられている事実があることから、直ちに被控訴人の買受けた土地にだけ面積の不足があったこと、換言すれば清水及び秀雄は金木から一〇〇坪及び一五〇坪の土地をそれぞれ別個に買い受けたものであると認めることは困難である。なお、≪証拠省略≫によると、現在被控訴人から金木に対し、売主の担保責任に基づき、土地の不足分に対応する代金の返還を求める訴訟が係属していることが認められるが、≪証拠省略≫によれば、右の訴訟は、本訴によって境界が確定し、被控訴人所有の土地の範囲が明確となっても、なお不足すると考えられる分についての請求であることが明らかであるから、このような訴訟が係属している事実は、上記の認定判断を左右するものではない。

(四)  また、≪証拠省略≫によると、秀雄の死亡後その遺品のなかから発見された図面である上記乙第九号証には、前記(二)記載の実測図と同じ内容が記載されていることが認められる。しかし、一方≪証拠省略≫によると乙第九号証の用紙(方眼紙)は、既に認定した本件土地の分筆手続の当時土地家屋調査士によって使用されていたものであることが明らかであるから、上記乙第九号証は前記分筆手続の際、秀雄が自ら或いは人を使って上記実測図を写したものと推認するのが相当である。従って、乙第九号証が秀雄の手中にあった事実は、前記(一)に述べたところと相いまって考えれば、必ずしも秀雄が金木から八二八番四の土地を特定して買い受けたことを示すものとはいえない。

(五)  最後に、≪証拠省略≫によると、被控訴人は既に認定した所有権移転登記手続がなされた頃、清水に対し、清水の買い受けた土地が地形及び日照、排水等の関係で劣った条件にあり、被控訴人ら三名が同一の単価により代金を支払うのでは公平を失することになるのを補償する趣旨で、清水の買い受けた一〇〇坪分に対するものとして、一坪あたり三〇〇円合計三万円を支払ったことが認められるが、≪証拠省略≫によれば、それは清水が買い受けた土地は一〇〇坪であるとされていたことから、上記のような計算になったにすぎないものと認められるから、そのことだけで清水や秀雄が、それぞれ金木から一〇〇坪ないし一五〇坪の特定の土地を各別に買い受けたものと認めることは相当でない。

(六)  このように、控訴人らの主張にそうかにみえる事実は、いずれも、右主張を認める資料としては十分でなく、その他に控訴人らの右主張を認めて前記1の認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  以上に認定したとおり、被控訴人ら三名は、金木において前記のような手続により分筆登記を経由した各土地を買い受けるにあたって、後日、金木の調整活動を介して、被控訴人ら三名の間で各筆相互間の境界を現地につき具体的に確定すべきことが留保されていたものと認められるところ、その後金木調整活動が奏功せず、当事者間で協定ができなかったため、秀雄(その相続人である控訴人)の取得した一筆と被控訴人の取得した一筆との境界が具体的に確定せず、争いとなって今日に至っていることは、本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。そうして、秀雄の取得した一筆(八二八番四の土地)と被控訴人の取得した一筆(八二八番三)との境界につき、右のような事情により争いが生じていることは、とりもなおさず、秀雄(その相続人である控訴人ら)の所有する八二八番四の土地と被控訴人の所有する同番三の土地との境界が不分明であることに帰するので、このような場合についても、互に隣接する各土地の所有者は境界確定の訴により、裁判所に境界を定むべきことを求めることができるものと解するのが相当である。そうして、この場合、裁判所は、前認定のような売買契約が成立するに至るまでの経緯、契約の趣旨内容その他一切の事情を考慮して、できる限り当事者の意思に添う、客観的に公正、合理的と認められる境界を定めることができるものと解するのが相当である。以下、このような見地から考えてみる。

(1)  さきに1に掲記した各証拠及び≪証拠省略≫によると、本件土地は第三図面(イ)、(ロ)、(リ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)、(ル)、(ト)、木杭(但し、(ト)点と(チ)点の間の突出部にあるもの)、(チ)及び(イ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれた範囲の土地であって、その四囲の土地との境界については何も争いがなく、北側は公道に面していること及び本件土地の実測面積は三八二坪九合二勺(一二六五・八五平方メートル)であることが認められ、これに反する証拠はない。

(2)  このように、本件土地の面積は三八二坪九合二勺しかないのであるから、被控訴人ら三名が、これを当初の約束どおり一〇〇坪、一五〇坪及び二〇〇坪に分割して、そのそれぞれを取得しようとしても、それが不可能であることはいうまでもないところ、被控訴人ら三名が本件土地を分割して買い受けるに至った経緯、売買契約の趣旨内容がさきに二の1において認定したとおりであること(とくに、後日、金木の調整活動を介して、当事者間で各筆の境界が現地について具体的に協定、確定さるべきことが留保されていたこと)から考えると、上記三名は前認定の売買契約において、土地の坪数自体に決定的な意味をおいていたわけではなく、むしろ坪数の表示は本件土地のうち各自の買い受ける部分を、その位置の表示と相いまって特定するとともに、買受坪数のおおよその割合を示すためのものにすぎなかったと認めるのを相当とする。このように考えると、被控訴人ら三名にとっては、そのうちの誰かが売買契約上の坪数に固執することによって、本件土地の坪数の不足を挙げて他の者の負担に帰せしめることは、当事者の本来の意思にも合致せず、また公平にも反するところといわなければならない。

このような事情に、各土地の地形、日照、排水等に差があるにかかわらず、その坪単価を一律に定めることにより生ずる不公平は、当事者間で調整金を授受することにより、既に一応解決ずみと認められること(2の(五)で認定したところにより、そのように認めることができる。)を合わせ考えると、本件土地の不足分は、被控訴人ら三名が、それぞれの買い受ける土地の面積に按分比例してこれを負担すべきもの、換言すれば、上記三名の取得すべき土地の面積は、本件土地の実測面積三八二坪九合二勺を、各自の買い受けた土地の面積に比例して按分したものであるべきである、と解するのが相当である。

(3)  ところで、上記の本件土地の実測面積を、被控訴人ら三名の売買契約上の買受面積とされている一〇〇坪、一五〇坪及び二〇〇坪に比例して按分すると、被控訴人の買い受けた二〇〇坪に相当する分は一七〇坪一合八勺(五六二・五七平方メートル)となり、またこれを分筆後の各土地すなわち八二八番七、同番四及び同番三の各土地の公簿面積である一〇〇坪、一五五坪八勺及び一九九坪九合二勺に比例して按分すると被控訴人の取得した同番三の土地は一六八坪二合五勺(五五六・一九平方メートル)となる。そうして、上記1、(一)、(3)でも述べたように、本件土地の分筆にあたり同番四及び同番三の公簿面積が上記のようになった理由が証拠上必ずしも明確でないこと(現に前記2、(二)認定のとおり、控訴人らが占有する土地の範囲も上記公簿面積どおりではない。)と、さきに二の1において認定したような売買契約が成立するに至るまでの経緯及び契約の趣旨内容を考え合わせると、上記公簿面積による按分の結果は、被控訴人の取得する土地の最少限度を示すに止まるものと認めるのが相当である。従って、被控訴人は、もし秀雄(その相続人である控訴人ら)及び清水と、各自の取得すべき土地の範囲及び境界について合理的に協議をすることができたならば、上記一六八坪二合五勺から一七〇坪一合八勺の範囲内において適宜これを定められたはずであったと認められる。

(4)  ところで、被控訴人は、被控訴人所有の同所八二八番三の土地の範囲は、第三図面(イ)、(ロ)、(リ)、(ル)、(ト)、木杭(チ)及び(イ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれる部分であり、従って同番三の土地の東側と控訴人ら所有の同番四の土地の西側との境界は、右(リ)及び(ル)の各点を結ぶ直線であると主張する。そうして、(あ)前記鑑定の結果によると、被控訴人主張の上記範囲の面積は一六八坪八合四勺(五五八・一四平方メートル)であって、前記(3)で述べた面積の範囲内にあることが明らかであること、(い)既に認定したとおり、被控訴人ら三名は本件土地をほぼ南北に通る線で三つに分割してそのそれぞれを買い受ける意思であったのであるが、上記(リ)及び(ル)の各点を結ぶ直線はほぼ南北に通じ、かつ、八二八番三の土地の西側の境界線、すなわち上記(イ)点及び(チ)点を結ぶ直線にほぼ平行していること、(ろ)仮りに、被控訴人の取得した八二八番三の土地と秀雄(その相続人である控訴人ら)の取得した八二八番四の土地との境界線を、八二八番四の土地の東側の境界線(清水の取得した八二八番七の土地との境界線)に平行して、かつ、八二八番三の土地の面積が一六八坪八合四勺となるように引いたとすれば、当然、八二八番の四の土地の公道に面する間口はさらに狭くなり、ひいて、右境界線を超えて被控訴人所有地にはみだす控訴人らの居宅建物部分はいっそう大きくなることは、前記鑑定の結果及び検証の結果により容易に推認されること、以上、(あ)、(い)、(う)の諸点から考えれば、被控訴人主張の(リ)及び(ル)の各点を結ぶ境界線は、控訴人らにできるだけ迷惑を及ぼさないようにと考えた、むしろ、ひかえ目のものであると認められる。

以上(1)ないし(4)のような諸点その他前認定の一切の事情を考え合わせれば、被控訴人は、金木との売買契約により、本件土地のうち少なくとも、その主張にかかる土地部分を取得したので、被控訴人の取得した八二八番三の土地と控訴人らの所有する八二八番四の土地との境界は、被控訴人の主張する(リ)点及び(ル)点を結ぶ直線であると定めるのが相当である。

控訴人らは、上記のように境界を定めると、控訴人ら所有の家屋の一部を収去することを余儀なくされ、かつ、右家屋への出入口及び控訴人らの所有土地の南側への通路を断たれることになるので、このような境界の定め方は相当ではないと主張する。しかし、控訴人らが第三図面(ロ)、(リ)、(ハ)、(ヘ)、(ル)、(ト)及び(ロ)の各点を順次結ぶ直線で囲まれる範囲の土地が、その所有に属するとして、これを占有使用するに至った経緯は前記2(二)に認定したとおりであるうえに、≪証拠省略≫によると、控訴人らは、被控訴人から本訴に先立って申し立てられた調停の係属中に、前記(ロ)点及び(ト)点を結ぶ直線附近にあった鉄線の柵をとりこわして後記認定のようなブロック塀とし、かつその所有家屋の増築をしたことが認められること及び本件土地の状況からみて、前記(リ)点及び(ル)点を結ぶ直線以外に、本件土地の買受にあたって示された被控訴人ら三名の前記意思にそう、適切合理的な境界はこれを見出し難いことを考えると、控訴人らの右主張はこれを採用することができない。

三、以上に認定判断したところに従って考えるのに、

(1)  まず、被控訴人所有の千葉市作草部町八二八番三の宅地の東側と、控訴人ら所有の同所八二八番四の宅地の西側の境界は、第三図面(リ)点及び(ル)点を結ぶ直線であると確定すべきである。

(2)  つぎに、同上図面(ロ)、(リ)、(ル)、(ト)、及び(ロ)を順次結ぶ直線で囲まれる範囲の土地部分が、被控訴人所有の上記八二八番三の土地に属することが明らかであるが、弁論の全趣旨によれば控訴人らはその帰属を争っていることが認められ、かつ、前記鑑定の結果によればその面積は一三一・九一平方メートルであるから、上記土地部分が被控訴人の所有であることの確認を求める請求は右面積の限度で理由がある。

(3)  さらに、前記検証の結果によると、右(2)記載の土地部分上でほぼ第三図面(ロ)点及び(ト)点を結ぶ直線上にコンクリートブロック塀が建築されていること及び前記八二八番四の宅地上に存する家屋のうち、本判決主文第二項記載の部分が、上記土地部分上に存することが認められるが、これらの塀及び家屋が控訴人らの共同所有に属することは当事者間に争いがないから控訴人らに対し、土地所有権に基づきこれらを収去して上記土地部分を明け渡すことを求める被控訴人の請求(但し、上記家屋部分の収去を求める部分は、当審において附帯控訴により追加されたものである。)は理由がある。

従って、被控訴人の原審における請求は以上認定の限度で理由があり、その余は排斥を免れないものであり、これと同旨と認められる原判決は相当であるから、本件控訴は棄却さるべきものである。また、被控訴人の附帯控訴にかかる請求は理由があるので、これを認容すべきものである。

よって、控訴費用、附帯控訴費用の各負担につき、民訴法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 川上泉 間中彦次)

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